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あ・かいトリ日記

土曜担当鎌倉です。【水路と桜】 

[2010年3月13日 17:11]

こんにちは、土曜担当の鎌倉です。
今回は「水路と桜」についてお話してみたいと思います。

世田谷区北部には昭和30?40年代まで水路や用水が
たくさんありました。今は暗渠となっていますが、
緑道として整備されている場所には至る所に
桜が植えられ、桜並木も多くあります。
水路の中で大きなものには「烏山用水」や「北沢用水」と
名前も残され、当時は庶民の生活を支え、
また、農業用水としても大きな役割があったようです。
それぞれの用水を上流方面に遡ってゆくと
あるものに辿り着きます。それは「玉川上水」です。
江戸時代より羽村市から多摩川の水を新宿区の
新宿御苑近くまで水路で運び、その先は上水道
として都心を潤していたものです。
この「玉川上水」も現在は杉並区久我山付近から
下流は一部を除き暗渠になっていますが、
往時は水量も格段に多く、
作家、太宰治が三鷹市内の「玉川上水」に
身を投げたということもあったそうです。
昭和40年頃までは今の杉並区和泉から
甲州街道北側の現在は水道道路となって
いる所を東に西新宿までまっすぐの水路で通し、
その先の「淀橋浄水場」で浄水した水を都内に
供給もしていました。
この「淀橋浄水場」。今では新宿副都心の高層ビル街と
新宿中央公園となって、まったく当時の面影もありません。
そんな変わり様、皆さんご存知でしたか?
もっとも、新宿西口には今でもその名を残す○○○○カメラがあり、
そちらの方が有名になってしまいましたね。

今年もそろそろ桜の花が咲く頃ですが、現在は
暗渠になっている場所も昭和20年代までは水路として
きれいな流れを保ち、その水路脇にはあちらこちらに
桜が植えられ、今でも、我々の目を楽しませてくれています。
きっと当時は清々しい水面に無数の花びらが浮かび、
それはそれはきれいな光景であったろうと想像されます。

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